2019年8月17日 (土)

旧奏楽堂にて7年振りの演奏会 蝉時雨は相変わらず

夏休み恒例の「ぴあの好きの集い」演奏会が7年振りにリニューアル後の旧東京音楽学校奏楽堂にて開催されました。建物全体が改修され、ホールの座席が新しくなった他、楽屋も綺麗になり、トイレも新設されました。しかし、建物の遮音性能は相変わらず低く、夏場はホールの窓から蝉時雨がしっかりと入り込んできます。昨年のリニューアルオープンの記念式典では残響不足が気になり、ピアノ演奏でどうなるか心配でしたが、私以外に気にしている人は見かけず一安心。座り心地の良くなった座席で長時間の演奏会も楽に聴くことができました。今回私はイギリスのコンポーザ・ピアニストのヨーク・ボウエンの作品を取り上げました。ラフマニノフを想起させる24の前奏曲からの数曲とヴィルトゥオジティに富むトッカータを演奏。もう少し取り上げられても良い作曲家の一人ではないでしょうか。

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2019年6月11日 (火)

音盤回想録2018 ホロデンコ来日公演 新星は正統派

ロシアの若手ピアニストの中で今最も注目しているヴァディム・ホロデンコが豊洲シビックセンターにてリサイタルを行いました。曲目はゴドフスキーのショパン練習曲、スクリャービンの第6ソナタ、プロコフィエフの第8ソナタなど、マニア垂涎の難曲揃い。案の定、大勢の知人が顔を連ねていました。驚くべきは弱音と声部の繊細な制御、指周りや腕力に依らない音楽性が際立ち、若手では久しぶりに正統性を感じさせます。丁度昨年の音盤回想録を完成しましたが、彼のバラキレフのソナタを挙げたところ、今後の活躍から目を離せません。さて、Discs Reminiscent 2018を掲載。新盤ではマルテンポのリャプノフやエマールの鳥のカタログ、昔の愛聴盤からはハフのボーエン、アムランのジャズ風オムニバスなど。最近はなかなか新しいCDを購入できていませんが、二千枚を超えたCDを少しずつ聴き直すように努めたいと思います。

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2019年3月31日 (日)

ジャンプW杯2017/18終了 小林陵侑伝説の始まり

ジャンプW杯2017/18シーズンは、小林陵侑の予想を超えた大躍進に世界が驚かされました。年末年始のジャンプ週間では4戦全勝、ワールドカップでは13勝を挙げて総合優勝と、いずれも日本人初の偉業を達成。ゼーフェルトの世界選手権では天候の不運もあって個人のメダルに届きませんでしたが、二つの偉業に比べれば小さなこと。これから彼の伝説が長きにわたり続くでしょう。女子はルンビが2年連続の女王に輝き、アルトハウスとザイファルトのドイツ勢が続きました。日本勢は高梨が4位に終わり、来年度の巻き返しを期待したいところです。World Ski ChampionshipsWorld Cupを更新。

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2019年3月24日 (日)

平成末のお伊勢参りその2 日本のふるさとで命の洗濯

本日は朝から伊勢神宮を参拝。まずは外宮の鳥居をくぐり、神木が立ち並ぶ参道の玉砂利を踏みしめて、豊受大御神を祀る正宮へ。大勢の参拝者にも乱されないゆったりとした厳かな雰囲気は流石、神秘に触れたようで心が洗われます。内宮へはバスで移動し、五十鈴川を渡って聖地へ。日本の古代を想像しながら、天照大御神を祀る正宮と幾つもある別宮をお参りした後は、現世の賑わいを見せるおかげ横丁へ。御料酒の白鷹を立ち飲みできる酒屋に吸い寄せられた後は、伊勢市駅前に戻って老舗の山口屋で伊勢うどんを頂きました。昼過ぎに帰路に就きましたが、ふと四日市で途中下車し、夕食がてら一番街商店街を散策。この地で有名な大入道のからくり人形に遭遇し、三重再訪を誓いました。

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2019年3月23日 (土)

平成末のお伊勢参りその1 伊賀上野の城下町をふらり散歩

京都出張後の週末、小学生以来、平成最後のお伊勢参りを計画しました。奈良に宿泊し、朝は猿沢池や興福寺を散歩。昼前に関西本線で東に向かい、伊賀上野駅で伊賀鉄道の忍者列車に乗り換えて中心街へ。まずは小さな丘の上に建つ伊賀上野城に向かい、天守閣から盆地が見渡した後は、隣接する伊賀流忍者博物館を訪問。忍者屋敷のからくりや忍術の道具を見て回った後は、小京都として知られる城下町をのんびり散策。武家屋敷や町家、商家や酒蔵、寺町など、観光客のいない静かな町並みを楽しみました。町外れで再び伊賀鉄道に乗車、伊賀神戸駅で近鉄特急に乗り換えて、一路夕方の伊勢へ。向かうは、寂れ具合が目立つ新道商店街の先にある名酒場・一月屋。暖簾をくぐるとほぼ満席の賑わい振り、商店街とは別世界の生きた時空間がそこにはありました。

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2019年2月10日 (日)

プヌ族の白塗りマスク アフリカからの久方振りの新顔

アフリカ中西部のガボンには、国内の大半を流域とするオゴウェ川が流れています。その流域の熱帯雨林に住むプヌ族のマスクには以前から惹かれていましたが、最近とあるルートで入手することができました。顔の白塗り、額の菱形、日本髪のような結髪が特徴的で、女性を表しています。このマスクを付けた踊り手は、竹馬に乗って葬送や先祖崇拝の儀礼に登場するそうです。久しぶりにアフリカからの新顔が自宅のコレクションに加わりました。African Masksを更新。

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2018年12月 8日 (土)

P2演奏会11回目終了 古今東西の幻想曲を堪能

平成最後の師走を迎える中、Piano Perspective第11回演奏会「幽玄夢幻の調べ」をかつしかシンフォニーヒルズのアイリスホールで開催しました。題目から予想される通り、古典から現代までの幻想曲が一堂に集まり、大曲も多く重厚なプログラムとなりました。出演者の平均年齢が五十歳に達しつつあるにも拘わらず、皆さんの演奏の質は円熟味を増しながら益々高まるばかり。私自身は夏の演奏会で一部演奏したカプースチンの幻想ソナタを全楽章に渡って弾きましたが、技術が至らず相変わらずの不完全燃焼に。ともあれ演奏会後の打ち上げも含め、気の置けない仲間たちと楽しい時間を過ごすことができました。結局下町の演奏会は4回続きましたが、いよいよ次回は古巣、上野の旧奏楽堂へ戻ることになるでしょう。

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2018年11月23日 (金)

晩秋の金沢散歩 にし茶屋街から寺町の小径巡り

晩秋の金沢出張の折、帰京の朝に繁華街の片町から西に向かい、のんびりと散歩を開始。犀川を越えてすぐ右手には室生犀星ゆかりの雨宝院があり、その先の細い路地を抜けると、にし茶屋街に辿り着きました。金沢三大茶屋街の一つながら、有名なひがし茶屋街に比べるとこじんまりとして、人通りも少なく落ち着いています。出格子が美しい茶屋様式の家並みの一角には、作家の島田清次郎が過ごした吉米楼の跡地に西茶屋資料館が建っていました。当時のお茶屋の造りを再現したもので、二階には紅柄色の壁の座敷があり、しばらく畳に座って雰囲気を味わいました。茶屋街を後にして、南に広がる寺町寺院群へ。70もの寺院があるらしく、忍者寺と呼ばれる妙立寺や六斗の広見に立ち寄り、最後は知人が町家を改造した宿泊施設のてらまちや風心庵を表敬訪問。一階のカフェには知人の風鈴コレクションが展示されていて、一見一聴の価値あり。金沢の歴史に触れ、よい気分転換になりました。

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2018年11月 1日 (木)

旧奏楽堂リニューアルオープン 五年振りの響きにハラハラ

上野公園の端に鎮座する重要文化財の旧東京音楽学校奏楽堂が、五年半の耐震補強と保存修理の工事を終えて、ようやくリニューアルオープンを迎えました。この日は建物の前の屋外で記念式典が開催された後、ホールで芸大学長の澤和樹氏らによる記念演奏が披露されました。私自身は修理委員会の一員として音響アドバイザーを務め、客席椅子や内装の交換、内窓設置による防音などを指導したこともあり、ホールの響きをハラハラしながら聴くことに。元々残響の短いホールでしたが、客席椅子を座り心地の良いものに交換したこともあり、さらに少し残響が短くなったかもしれません。修理されたパイプオルガンの独奏を聴くと、響きの物足りなさを感じましたが、その後の弦楽合奏では明瞭なハーモニーが心地よく、一安心しました。さて、P2演奏会が来月かつしかシンフォニーヒルズで予定されていますが、旧奏楽堂での開催は2010年が最後になります。2020年には十年振りに懐かしいこのホールで仲間と一緒にピアノを弾きたいものです。

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2018年9月25日 (火)

音盤回想録2017 ハフのシャルベンカと来日公演での爆演

昨年の音盤回想録をようやく完成させ、Discs Reminiscent 2017を掲載。LPが懐かしいケントナーのリャプノフ、ヘンクの偏執狂的なモソロフ、オズボーンの優美なカプースチン、ソコロフの壮大なラフマニノフと、ロシア物が半分を占めました。シャルベンカのピアノ協奏曲第4番で魅せるハフの流麗な技巧にも改めて聴き入ってしまいましたが、その彼のリサイタルが三年振りに武蔵野市民文化会館で開催されました。前後半の冒頭にドビュッシーの映像両巻を据えて、前半はシューマンの幻想曲、後半はベートーヴェンの熱情で締めるプログラム。ドビュッシーでは透明な音色で淡々と演奏を展開していましたが、シューマンはかなり情熱的、ベートーヴェンに至っては終楽章を脱線寸前、というより半ば脱線しながら爆発的な勢いで駆け抜けていき、これには随分驚かされました。若い頃からどのような難曲でも一糸乱れず上品に弾き切るイメージがありましたが、五十代半ばを過ぎて感情の爆発的表現に目覚めたのかもしれません。

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